2020年5月21日 (木)

イカロス出版 Jトレイン Vol.78【消散軌道風景】第57回

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 イカロス出版発行の季刊誌Jトレインにて、【消散軌道風景】という連載記事を担当させて頂いております。

 さて今回は、関西では有名なナローゲージライン

🌸 「究極の桜谷軽便鉄道を訪ねて」 🌸

を、ご案内しています。 

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△風の峠駅に入ってくる同鉄道主力編成のひとつ「10号木造電車」+「ホ ハ150」の試運転列車。車両の中に乗って運転する…すでに鉄道模型を超えた“本物鉄道”の世界が広がっている。

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△同鉄道の拠点である風の峠駅より発車する列車。桜谷駅に向かうのは越後交通栃尾線のELを縮小した「電気機関車ED51号機」を先頭に、ア ーチバー風台車を履いたデッキのある軽便鉄道風客車「ホハ7」と「 ホハ8」という客車2両の3両1編成。ご覧のとおり、桜谷軽便鉄道は失われしナローゲージやローカル私鉄のイメージを残す活動をしているので“保存鉄道”と言い切っても良いだろう。

 世界実用最小の線路幅である軌間381mm(15インチゲージ)を採用し個人鉄道を実現した桜谷軽便鉄道は、全国の「俺なりの鉄道!!」の実現を夢みる人々に大きな希望と勇気をあたえたもので、本家・家元といえる大きな存在です。

詳しくは、イカロス出版JトレインVol.78
ご購入頂ければ幸いですm(_ _)m  

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2020年5月20日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その17

今回は「消散軌道風景Vol.02」のchapter13
     ナローゲージの保存車 
               こぼれ話です。
                                                        
 VOl.01では、巻末特集&資料として「史上初!全国遊覧鉄道大全」という記事を半田亜津志と遊覧鉄道を愛でる会にご投稿頂きました。さて今回Vol.02では、日本ナローゲージ研究所(Japan Narrow gauge Laboratory  通称:JNL)による、こちらも史上初の試み?となるであろう全国各地のナローゲージの保存車両を調査した一覧と、一部車両の画像を投稿頂きました。
 
 ちなみにナローゲージと言っても、日本的な標準線路幅である軌間1067mm未満の車両のみを対象としています。世界標準(軌間1435mm)からすると、わが国のほとんどの鉄道が“ナローであり狭軌”なわけですが、JNLとしては日本のナローゲージ車両のみを対象として、取り上げることにしているそうです。
 
 近年、鉄道保存車両の各種情報が鉄道系書籍をはじめとして、ネットなどで大公開されている時代ですが、わが国の狭軌車両=ナローゲージに関しては漏れている場合や間違いなどが多々あり、それらの情報等を穴埋め、そして正す目的のために全国の知りえる限り、また一般に公開されている保存車を対象に、現存するナローゲージ車両一覧を作成し、公開するに至ったとのことです。
 
 また、数は膨大になるため、今回は「第一回」とし北海道・青森・岩手・宮城県編となり、本誌が続くかぎり(^^;公開してゆきたい…らしいです。
 
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△整理番号(本誌参照)01-115。北海道の端、福島町館崎の「トンネルメモリアルパーク に保存されている神鋼電機(現在はシンフォニアテクノロジー)製の12トンBL。海に近いので、年々状態が悪くなっているので、心配な1両。 軌間762mm 消散軌道風景Vol.02未収録写真。
 
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△整理番号(本誌参照)02-21。駅を降り立つと突然ある驚きの、元イオンモール下田からやってきたアメリカンSLタイプの2号弁慶号。青森県は青い森鉄道の「向山駅ミュージアム」にて、向山駅愛好会によって大切に静態保存されている。 軌間500mm 消散軌道風景Vol.02未収録写真。
 
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△整理番号(本誌参照)04-18。元栗原鉄道のED203は軌間1067mmなのでは?と言われそうだが、もともとは軌間762mmの電気機関車であったものが改軌されたもの。よって、元ナローゲージ車両として一覧に記載している。宮城県は「くりでんミュージアム旧若柳駅」にて。 消散軌道風景Vol.02未収録写真。
 
 ナローゲージに関することを述べると、なにかと見えない何かに忠義な方々からお叱りを頂く場合がありますが、JNLは受けて立つ!( ゚Д゚)と申しています。ちなみにこのグループは古河足尾歴史館※(一社)あしおトロッコ館に居候しているみたいです。ネット限定で批評ばかりせず、外出できるようになりましたら現地に突撃して問い詰めてみてください(*^^)v
古河足尾歴史館は新型コロナ感染症予防のため、ただいま休館中
 
 さて、ながらく続けてまいりました「消散軌道風景Vol.02」 のこぼれ話は、今回で最終となります。
 消散軌道風景の新刊が奇跡的に出る?ようなことになりましたら、再び復活する予定です。

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2020年5月15日 (金)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その16



今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter12 
  遠い日の記憶築地市場引込線 
               こぼれ話です。
                                                        
 本誌P29〜34 chapter01 昭和47年、赤羽の線路“跡” にご登場頂いた桟敷正一朗氏に再び登場頂き、氏にとって忘れられない魚がしの線路のについて、当時の味わい深い写真と共に語って頂きました。

 本当に「すったもんだの末」という表現が適切と思える大騒ぎを経て、東京の台所と言われた築地が豊洲へと移転しましたが、その通称:築地市場(正式名は東京都中央卸売市場)にはかつて汐留貨物駅から分岐した貨物線が入っていました。

 線路が廃止されたのは1987(昭和62)年でしたが、レールが失われただけで、築地市場には最後まで貨物列車が発着していた“なごり”が色濃く残されていました。
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▲長い列車に対応するように弓なりになっていた築地市場。レールが無くなってもその独特な構造が最後まで残されていた。ここに鮮魚特急「とびうお」が停車していた頃を見たかった
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▲汐留駅跡付近からわかれていた築地に向かう線路跡の道路に、史跡として残る本物の踏切警報機を使ったモニュメント?
 

 

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消散軌道風景Vol.02

つい最近…のような10年前の築地市場の画像も掲載しております。詳しくは消散軌道風景Vol.02をご覧ください。

                    つづく

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2020年5月 6日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その15



今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter11  
  上野動物園「東京都交通局 上野懸垂線」
               こぼれ話です。
                                                        
 だれでも知っている上野にある人気スポットと言えば「東京都恩賜上野動物園」ですね。これは正式名称で、通称:上野動物園として多くの人々に長年愛されている施設です。
 わたしが幼少のころ、祖父母に連れられて浅草にある寺にお墓参りしたあと、帰りのお楽しみ三択は【花やしき】か【交通博物館 】それに上野動物園内の乗り物でした。
 「おまえは動物を見るより乗り物が楽しいんだな~」と祖父にいわれながら、喜んで乗っていたのが上野動物園内にあった“お猿の電車”と東京都交通局上野懸垂線(モノレールの正式名称)です。
 お猿が運転士であった遊覧鉄道についてはまた別の機会に触れるとして、昨年惜しまれながら休止となってしまった上野動物園の、東園と西園を結んでいた懸垂式モノレールを本誌では取り上げました。解説はモノレール研究家の和田亮二氏、写真は岸本篤志氏によって詳しくレポートしています。
 この上野動物園のモノレールは、大人気アトラクションのひとつで、乗車時間わずか1分30秒という短い乗り物であるにも関わらず、シーズンになると乗車するまで1時間程度は並ぶという凄いものでした。
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△路線ができて四代目となる40形 わずか約300mという距離は短いモノレールながらも、立派な東京都交通局の営業鉄道路線のひとつ。軌道にぶらさがって走る、空中鉄道として大人気であった。
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△座席は背中合わせのロングシートで、遊園地の乗り物のようなカラフル座席がとても楽しい車内。
 
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消散軌道風景Vol.02

休止となってしまった上野動物園のモノレール、奇跡の復活を願っているのはわたしだけではないと思います。詳しくは消散軌道風景Vol.02をご覧ください。 

 

                    つづく

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2020年4月29日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その14



さて、今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter10  
    昭和20年代、東京近郊の私鉄  
               こぼれ話です。
                                                        
 前回の“林鉄魔人 ”こと竹内 昭氏と同様に、消散軌道風景Vol.01「面妖な荷物電車」に続いてVol.02にもご登場頂きましたのは、昭和20~30年代の貴重な鉄道写真を提供頂いている縄田 允氏。また、古い時代の鉄道のことなら右に出る者がいないという名取信一氏に合わせて解説を頂きました昭和20年代の都内鉄道風景となります。

 わたしの生きているうちに工事が終わるのか?と、いつも疑問に思っております大改修中の渋谷駅周辺。大改修中の同駅付近の70年以上まえの写真も掲載していますので、現在と比較して見てください。

 ところで縄田 允氏が公開している写真は氷山の一角でしかなく、もっと沢山あるのですが、なかなかご紹介する機会がなく、どこに掲載しようかと模索中の段階となります。その一部を当ブログでご紹介します。

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▲本誌では未公開、阪和線をゆく昭和20年代のモハ52系電車。縄田氏の撮影した写真は、おもに関西の電車が多くあります。消散軌道風景Vol.02未収録写真。 写真/縄田 允
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▲日暮里駅にて、C61の1号機が牽引する列車。同機は東北鉄道学園に静態保存されていたが、いまは解体され現存していない。消散軌道風景Vol.02未収録写真。 1952(昭和27)年10月 写真/縄田 允

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▲国鉄「日光駅」にて、上は東武鉄道の東武日光駅。構内に留置されている、この元ガソリンカーのような謎の車両の正体は?消散軌道風景Vol.02未収録写真。 昭和25年頃
写真/縄田 允
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消散軌道風景Vol.02

本誌でも、貴重な画像の数々を掲載しています。よろしければ消散軌道風景Vol.02をご覧ください。 

                    つづく

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2020年4月22日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その13



さて、今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter09   
 東大秩父演習林軌道 滝川森林鉄道跡をめぐる 
               こぼれ話です。
                                                        
 森林鉄道の廃線跡研究と言えば草分け的な存在であり、かつてネコ・パブリッシング発行の「トワイライトゾ~ンマニュアル」誌上で、各地の状況を調査し紹介されてきた竹内 昭氏。消散軌道風景Vol.01の「栃代川林用軌道跡をめぐる」他に続いてVol.02にもご登場頂きました。わたし的にはその偉業から“林鉄魔人”と尊敬?し、簡単に真似はできないな~(;'∀')と思っている人物のひとりです。
                                                         
 秩父奥地には、森林鉄道の廃線跡として線路などが現存し遊歩道として整備されている「入川森林鉄道」の跡があります。その反対側に位置しているのが「滝川森林鉄道」であり、入川とは線路はつながっていましたが、廃止後にレールは撤去され線路跡地もかなり荒廃し、廃線大好きレイルファンもあまり訪れていないようで、その存在は知られていませんでした。
 今回は、知る人ぞ知る存在であった滝川方面の森林鉄道廃線跡をこまめに調査し、かつ貴重な当時の写真(一部カラー!!)を発見したりするなど、さすがは林鉄魔人だと感服したレポートとなっています。
※滝川森林鉄道跡の管理歩道は現在、教育研究施設のため入山(立入)制限されていますので、ご注意ください。
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▲本誌91頁に同じ写真がありますが、原板はカラーでした。加藤製作所製DLが牽引する運材貨車。昭和40年代 所蔵/大滝村役場
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消散軌道風景Vol.02

竹内 昭氏による「埼玉県奥地にあった林鉄発掘調査」について知りたい方は、ぜひとも本誌をご購入ください。

                   つづく

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2020年4月15日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その12

 
 今回は「消散軌道風景Vol.02」の産業用鉄道カタログ&パンフレット【第2回 日車のUDL】
                こぼれ話です。

 前巻の消散軌道風景Vol.01(84-87頁)の第1回では、鍋トロと松岡産業の内燃機関車販促パンフレットを取り上げましたが、連載二回目は日本車輌製造株式会社(以下、日車)の坑内用内燃機関車の“ブランド ”であるUDLの各種カタログ&パンフレットを紹介しています。

 詳しいことは、本誌をご覧頂きたいと思い割愛しますが、
このUDLという製品群は内燃機関車が使われていた末期の工事鉄道(トンネルほか各種の土木事業)には必ずと言って良いほど採用されていた種類のもので、特殊鉄道が大好きなレイルファンにとっては「またUDLか・・・」とも言われていました。

 大手鉄道車両メーカーである日車の製造能力と販売力の前には、同時代に坑内用内燃機関車を製造販売していたニチユ(現在は三菱ロジスネクスト)や加藤製作所にとって最大の脅威でした。

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▲日車のUDLカタログ・パンフレット類の種類や量は多く、紹介できるものはその一部。上記はカタログ表紙のひとつ。所蔵/せんろ商会 

 たまたま見つけた特殊な鉄道(廃車体なども含む)に、加藤・酒井や協三工業製の機関車はなく、日車のUDLが活躍していたりすると、軽く嘆いていたレイルファン(一部と思います)も多かったのですが、そんなUDLたちも、いまでは非公開も含めて現存確認されているのは国内に約5台ほどという超絶滅危惧種となってしまいました。

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△奇跡的に救われ静態保存されているメーカー形式:UDL-108Bという8トンロコ。軌間は914mmにセッティングされている。四国は高知県の馬路森林鉄道沿いにて。手前は
復元ポーターが走る線路(軌間508mm) 2019年2月 
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△こちらも奇跡的に現存する1台。元四国鉱発白木谷鉱山のメーカー形式:UDL-112Bという12トンロコ。軌間は762mmにセッティングされている。詳しくは消散軌道風景Vol.02の62頁参照。 2016年4月 

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消散軌道風景Vol.02

 ぜひとも、本誌をご覧くださいませ<(__)>

                    つづく

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2020年4月 8日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その11

 
 さて、今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter08    記憶の奥のトロッコ探索  
                こぼれ話です。
 
鉄道趣味の世界でもマイナー扱いされ差別されている悲しいトロッコたち。加速度的に流れる時代のなか、今まさに埋もれ消え去ろうとしている小さきRailway。それらを調査し続ける崇高なる研究チーム“軽探団(けいたんだん)”の代表である情報家S藤氏にご登場頂き、失われし小さき鉄道の思い出を語って頂きました。

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▲北陸本線の青海駅構内の山側には、このようなとっても あやしい~トロッコ遺跡群 が複数存在し、トロマニア(勝手な造語です^^;)たちを魅了していた。画像は消散軌道風景Vol.02未収録写真。1980年3月 写真/軽探団情報家S藤  

 新潟県の糸魚川と言えば遊覧鉄道を除いて、わが国最後の実用SLとなる協三工業製6トン機が走っていたことで有名な東洋活性白土の専用鉄道がありました。そのひとつ隣りの青海駅周辺には、あやしい~トロッコ軌道跡が複数あったことで知る人ぞ知る存在の場所でした。いまでも近くの小川沿いに、そのトロッコ線路の一部が残る部分もあり、最近でも時々話題となっています。

 自分的には母方の実家が新潟県内の出雲崎にあったことで、ひとりで鉄道旅が許される年頃になると、春・夏休みに親の帰省に寄生?して、母の実家を起点にして列車を乗り継ぎ、青海周辺のトロッコ遺跡群に通った思い出深き、なつかしい場所のひとつです。さらに前述した糸魚川にある東洋活性白土に、そこに向かう途中にあった蓄電池機関車の修理会社。青海駅から富山方面に一駅の親不知駅付近山頂にあった石灰鉱山のエンドレスロープ軌道。青海周辺の大きなふたつの石灰鉱山に眠る坑内用ディーゼル機関車たちなど…etc.  
 まさにこの周辺は“トロ魔境ダンジョン” とも言うべき場所で、あの頃を思い出すといまでもゾクゾクしてきます。

 そんな、青海を含めてかつての若きトロ野郎?たちが訪ねたであろう各地のトロ名所を、なつかしい写真に楽しいレポートを添えてS藤氏にご投稿頂き掲載しています。 

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▲九州は福岡県の宮田にあったリサイクル業者の加藤製作所製2両のロコたち。加藤製作所機関車図鑑の巻末資料である機関車製作一覧表にも記載されている機関車であった。いまも、どこかにしぶとく残っていてほしいと願う・・・。画像は消散軌道風景Vol.02未収録写真。1990年10月 写真/軽探団情報家S藤

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消散軌道風景Vol.02

 S藤氏のあやしく楽しいトロッコ訪問記は消散軌道風景Vol.02の75-82頁です。ぜひともご購入ください。
 また!!おそるべき(本当に;'∀')情報網と、卓越した行動力 の【軽探団】のHPにも、ぜひ行ってみてくださいm(__)m
 
                    つづく

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2020年4月 1日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その10

 まずは、今回は余談の余談から…
 いま世界はたいへんなことになっているのは承知の通りです。
 当方のような微小なお仕事にも少なからず影響が出てきました。
 しかしながら、当ブログ含めての活動は“だからこそ”平常運行に努めたいと考えておりますので、なにとぞご理解ください。m(__)m 
※ただし、よそに迷惑をかけるようなことは、しないようにしています。
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 ということで、本題です。今回は「消散軌道風景Vol.02」の chapter07  モノレールの除雪方法を見る  こぼれ話です。 このページの担当は、消散軌道風景Vol.01にて富山地方鉄道の除雪モーターカーを解説頂いた「いばらぎや」こと黒田陽一氏で、わが国では鉄道の除雪車両研究の草分け的存在であり、第一人者です。

 ご存じの通り、モノレールは大きく分けて、軌道にまたがって走る跨座式(こざしき)と、軌道にぶらさがる猿のような懸垂式(けんすいしき)という二つの方法がありますが、そのような基礎的な解説から、一般的な二本のレール上を走る鉄道ではない特殊鉄道のモノレールの雪に対しての対策方法など、興味深い記事となっています。ほかの鉄道系趣味誌ではあまり取り上げられない題材を本誌らしく、あつかっております。


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跨座式(こざしき)モノレールの例。世界第二位の営業距離数を誇る「大阪モノレール」。その先頭車両の連結器下に付く“ブラシ”はいったい何?画像は消散軌道風景Vol.02未収録写真。 2013年12月 
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△雪国でもなく、千葉県某所を走る立派な公共交通機関である、モノレールにも季節によって装着されている装備は?詳しくは本誌参照。2010年2月 写真/黒田陽一
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消散軌道風景Vol.02


詳しい内容については本誌をご購入頂ければ幸いです。m(_ _)m
                    つづく

 

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2020年3月25日 (水)

消散軌道風景Vol.02発売記念特集 こぼれ話その09

 
 今回は「消散軌道風景Vol.02」のchapter06   続・思い出の東京都港湾局臨海 
                こぼれ話です。

 消散軌道風景Vol.01の巻頭カラーにて須永秀夫氏による素晴らしい“総天然色 ”の東京都港湾局臨港線の画像をお届けしましたが、その続きの話が今回となります。

 この東京都の臨海鉄道は、現役時代は見かけただけ程度のおぼろげな記憶ばかりで、廃止後に熱心に接したあとは「なんで走っていた時に満足に来なかったのだろう…」と悔やんだ_| ̄|〇 路線のひとつです。

 そんな同路線の素晴らしい写真の数々を、前回に続いて須永秀夫氏と共に桟敷正一郎氏からもご提供頂いた画像にて現役時代を偲んでいます。

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▲IHI(旧石川島播磨重工業)の前を通過する日立製作所笠戸工場製のD60-8。大型60トンのボギー式ディーゼル機関車が走る。交差している道路は晴海通りで背後には現在、豊洲IHIビルがあり付近一帯も大変貌を遂げ“お洒落な”街となっている。私のようなお鉄なおっさんがテクテクと呑気に歩きながら廃線探訪するのには少し場違いなハイテク都市風情となっているのが、少々せつない(個人の感想です)。画像は消散軌道風景Vol.02未収録写真。1985年3月 写真/須永秀夫

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▲50年以上前に発行された、東京港についての知識と理解を深めて頂きたいという趣旨の東京都発行のパンフレット「1968私たちの東京港」のなかに掲載されていた東京港の現況と将来計画図(昭和41年4月現在)には、計画されていた複数の未成線が描かれてあり、思わず興奮してしまい実現しなかった未来妄想がどうにも停まらない。実際の地図を見たい方は本誌をご覧くださいm(__)m

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消散軌道風景Vol.02


 いま、遺構として晴海橋梁くらいしか残っていない
東京都港湾局臨港線ですが、当時を記録した写真や資料にて、在りし日の同路線を懐かしんで頂きたく思います。  
    
                    つづく

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